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「その細き道」の魅力。

 投稿者:しゅんいちメール  投稿日:2007年 4月30日(月)08時43分45秒
  作者のデビュー作だがとてもそうは思えない出来映えに昔読んだときに驚嘆したことを覚えている三角関係という題材はよくあるように三流俗書が大変多い。本書はヒロインの独白体で進んでいくわけだが、作者の知性のよって物語のレベルの高さが保たれている。後に作者も言っている通り、現実には在りえない事だが物語は別に現実をそのまま描けばいいというものではないのだからその価値を損ねるものではない。本書の様に知性によって恋愛を行なえれば理想的なのだが・・・  
 

罪花

 投稿者:たえこ  投稿日:2006年 5月22日(月)23時11分22秒
  このようなHPがあるなんて、全然知りませんでした。とっても嬉しくて、そして一昨日読んだ高樹さんの本について、拙い感想を少し書かせていただきたくて、投稿致しました。
タイトル通り、殺人や犯罪、虐待などの「罪」をテーマにした本です。しかし、さすがに高樹さんの作品と言う感じで、6つの短編すべてが美しく、また重く心に残りました。
特に最初の短編「灰色の夢」がよかった。簡単に書いてしまえば、老いて痴呆症状が始まった母親の、人生と名誉を守るため、一人娘が母親の自殺幇助をするという話なのですが、実は私の母も、今、神経の難病で死の床におり、この娘の気持ちが痛いほどよくわかり、涙無しには読めなかったのです。
親が老いていく姿を見るということは、かなりのショックなことです。できれば思い過ごしと思いたい、でも、今までの生活が、少しずつ、少しずつできなくなっていく怖さ、戸惑い・・
親が親でなくなる瞬間・・・とても共感できます。
同時に、母の人生を最期まで守ってあげたい、出来る限り美しいままで終わらせてあげたいという気持ち。
今まで何作か作品を読ませていただいていますが、こんなに深く心に残った作品はありませんでした。
 

感想ー1

 投稿者:N.I.  投稿日:2005年10月29日(土)11時33分26秒
  日経新聞(夕刊)2005年10月27日に高樹さんの
”「この一冊」と出会うために”を読んでますますこの作家が好きになりました。
 

久しぶりに

 投稿者:ふゆの  投稿日:2005年 3月18日(金)00時13分26秒
  高樹のぶ子の作品にふれています。私も、「その細き道」をドラマの再放送で見て、(中学生の時)それ以来、小説、エッセイと夢中で高樹のぶ子作品を読んだことを思い出します。あのころは、あのような恋愛に強烈に憧れていました。今私は33歳。夫と子ども二人を得ていろいろありつつも「家庭生活」を支えに仕事をし、毎日をこなしている日々です。そんな私が久しぶりに高樹のぶ子作品を求めるようになったのは、仕事を通じて強烈なあこがれをもってしまったある男性への募る思いにとまどっている今があるからなのです。夫のことも愛している。信頼もしている。それでも、恋は強いあこがれと共にはじまるのだ、と知りました。この気持ちをどうしたらいいのか分からず、「時を青く染めて」「億夜」を手に取り今読んでいます。「時を青く染めて」には、体の関係を持たないからこそ深く強い思いが続く、というようなことが描かれてありますよね。私も彼との関係を夫婦以上に深い魂の結びつきにまで高められないだろうかと思ったり。相手の方は既婚で私より15歳も年上。私のことなど恋愛の対象として見てくださっているかは分からないですが、時々会って話せるだけでも私は幸せ。でも、それ以上のことを求めたくなってしまう自分を抑えられるか心配、こんな気持ちで会うのは拷問のようだと思ったり。かといって相手への思いをどこにでもあるようなものにはしたくない、高い深い結びつきをもちたい。苦しいんです。  

のらねこしろさんへ

 投稿者:えんちゃん  投稿日:2004年 5月17日(月)20時03分49秒
  のらねこしろさん、高樹作品を読んで死にたくなるとは・・・
 辛いのですね、辛い悲しいことの後にはきっと嬉しい事や楽しい事も待っています。
太宰治を読んだ後に「自分の周りをただ風が通り過ぎて行く・・・」みたいな気持ちになった事も
あるけど、私は高樹作品には生きるエネルギーを頂いています。
 大丈夫、明日のこない夜はないんだよ。
 

嬉しい♪

 投稿者:小皿  投稿日:2004年 5月22日(土)09時22分59秒
  のらねこしろさん、思い切ってよく書き込んでくださいました!
ありがとうございますm(_ _)m

「ごく自然に、だが自然に愛せるといふことは、
  そんなにたびたびあることでなく、
 そしてそのことを知ることが、さう誰にでも許されてはゐないのだ」

僕の好きな中也の詩の一節ですが、
人とにしろ、作品とにしろ、自分の琴線に触れる「出会い」があることは、
僕にとって、まさに人生の喜びです。

感動や思いを言葉にするのはとても難しいことで、
僕もついついおざなりにしがちですが、
よかったらまた自分の思いのたけを書き込んでみてください(^-^)
 

感想

 投稿者:のらねこしろ  投稿日:2004年 5月10日(月)12時31分40秒
  はじめてて投稿します。今日初めてHP拝見しました。
最近は高樹さんの小説を読んでいませんが、半分位の作品は読みました。
読み始めるとすぐにその世界に引き込まれてしまいました。
とても共感できるのです。私の感性とよく似ている…。
涙が止まりません。そして日常の生活が無意味に感じるのです。
あまりにも主人公の気持ちがわかって、死にたくなります。
何て言えばいいのだろう…
 

その細き道(2)

 投稿者:小皿  投稿日:2003年 8月24日(日)17時28分48秒
  久しぶりに『その細き道』を読み返した。
読み終えて今にも泣いてしまいそうな自分がいた。
何度かこの作品を読んでいるのだが、こんなことは初めてだった。
最後に読み返したのはいつだったろうか。
時折、本棚から取り出しては流すように読んでいたが、
今回のように一字一字を追うように読んだのは、最初に読んだとき以来かもしれない。
だとすればちょうど十三年振りということになる。
初めて読んだ当時は、主人公の加世、宏、精二たちの年齢に近く、
大学を卒業後、中学の講師をしながら結婚生活を始めたばかりの自分とオーバーラップする部分も多かったせいか、
物語をとても身近なものとして感じることができた。
あの時、あの時代を於いて他に高樹のぶ子の『その細き道』に出会っていたならば、
僕はこれほどまでに高樹作品に魅了されていなかったかもしれない。
今回読み返して、泣いてしまいそうになったのも、
あの頃から今に至る歳月の移り変わりが感傷を誘ったのだろうと思っている。
だが感傷であったにせよ、あの頃分からずに読み過ごしてしまったことを、
この歳月が気づかせてくれたことがあった。
それは、この作品が高樹のぶ子の祈りに満ちた作品であるということだ。

「私が傷つけた人間たちに対して、わたしがどれほど痛恨に思い、謝罪の気持ちを持っていても、それは全く伝わらないばかりか、むしろ自己演出にしか見えないことだった」(『フラッシュバック~わたしの真昼』「辛い季節の中で」より)
「十五年という年月は、決して短いものではない。それでいて私は、残夢を追うようにこうした青春小説を書いてきた。もう一度自分が二十歳の時点に立ったなら、こんなにも、あんなにも生きたい、という希いが、つまりは自らその時代への苦い反省と相まって、作者とはかけ離れた青年像が誕生するのである」(『熱い手紙』「青春残夢」より)

高樹のぶ子自身が、周りに対して小説を書くということでしか声を上げることのできなかった当時の真摯な思いと共に、
『その細き道』にはそうした行き場のない彼女でしか描けなかった「許し」への希求が込められている。
そのことがこの作品の心地よい読後感に繋がるのだと思える。
恐らく、僕を泣きたい気持ちにさせたのは、この高樹のぶ子の物語に込めた祈りの切実さを感受したからだと思うのだ。
 

その細き道(1)

 投稿者:小皿  投稿日:2003年 8月24日(日)16時32分4秒
  最初に語る高樹ワールドは、やっぱりこれだ。
出会いの一冊だし、この作品を読んで受けた動揺は、
実は今でも、どういう種類のものか、はっきりとは判っていない。
それだけに、自分と言う人間の根深いところに由来する動揺だったのではないかと、
月日を経てみると感じられる。

1990年(平成二年)8月、僕はこの作品を真夏の炎天下、
工務店を営む義父の建築現場のガードマンをしながら読み終えた。
その頃勤めていた京都府精華町の産休の中学校講師の仕事が、
夏休みが始まると同時に解任になり、9月から始まる別の中学校講師の仕事までの間、
義父が仕事の手伝いをさせてくれたのだった。
この夏のちょうど1年前、僕は高校2年の頃から付き合っていた彼女と、
大学を卒業を機に結婚をしたのだが、
中学校の講師というまだ正式な職にはつけていなかったものの、
精神的には満たされた生活を送っていた。
工事現場の隣の家屋の日陰に入って昼の休憩を取りながらこの作品を読み終えたとき、
言い知れない興奮を覚えたのを、あの時の光景とともにはっきりと記憶している。
「まいったなぁ…まいったなぁ」と、僕は何度も呟いた気がする。
その実何に僕がまいったのかははっきりと判らないでいたのだった。
この作品を読んでみたいと思ったのは、
この年の春に刊行された高樹のぶ子の『時を青く染めて』が文芸誌などで話題になっていて、
その広告の中で『その細き道』の二十年後の物語と知ったからに過ぎず、
『時を青く染めて』の前フリぐらいの軽い気持ちで読み始めたのだった。
物語の運びのうまさ、言葉の選択の確かさ、陰湿に陥らない感性の明るさ、
そうした文章の冴え、切れは読後確かに感じたことだったが、
それよりもむしろ、僕が感じた動揺は、おこがましい言い方ながら、
作品を通して感じた作家自身に、
本質的な部分で自分と同じ匂いを嗅ぎ取ったからではないだろうかと今は思えるのだった。
もちろん当時、高樹のぶ子については、
芥川賞を獲ったことのある作家らしいというぐらいの知識しかなかったし、
これから数年後、僕自身の恋愛で結婚生活を破綻させてしまうことなど、
このときの僕が知る由もなかった。
念のために断っておくが、後からこじつけてこの作品との出会いを語っているのではない。
ただ、自分が受けたこのときの動揺は、当時の僕にはうまく説明が出来ず、
人に高樹作品を勧めるときにもどかしさを感じたものだ。
人と人との出会いがそうであるように、
この作品が樹のぶ子との出会いを感じる一冊であったのは確かだし、
今も彼女が生み出す作品世界に僕は魅了されつづけている。
 

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